塩の話
  • 塩の話
今日、数多ある調味慮の中でも、塩は人間との付き合いが一番長い調味料です。というのも、醤油やソース、味噌などはさまざまな素材を加工することで作られていますが、塩だけはそのままで自然界に存在するからです。もちろん、いま家庭などで普通に使われている食卓塩のような製塩された状態で自然の中に置かれているわけではありませんが、原始の時代から、野山でとれた植物や、魚、肉などを海水に浸けたり、砕いた岩塩をこすりつけたりという方法で塩味を付けていた可能性は充分にあるようです。

もっとも、いつ頃から塩が調理に使われ始めたかということについては、正確なところはわかっていません。なぜなら、その記録が残っていないからです。言い換えればこれは、「記録を残す」という文明・文化が生まれる前から、塩はすでに人の生活の中に根付いていたということでもあります。現に日本では石器時代(縄文時代頃)の遺跡を調査した結果、すでに海水や岩塩から塩を取り出していたことがうかがえる跡が発掘されていますし、ヨーロッパ地域では紀元前3000年頃に、古代中国でも紀元前2000年頃にはすでに塩が調理に使われていたことがわかっています。

塩分は、人を含む動物が生きていくために欠かせない食材です。塩に多く含まれるナトリウムやカルシウムなどがミネラルとなって生命維持に重要な働きをします。そのため野生の動物たちは海水をなめたり、塩分が含まれる土をなめたりと、さまざまな方法で本能的に塩分の摂取をしています。私たち人類の祖先もまた、同じことをしていたのは間違いないでしょう。そうした中で、海水などから「塩を作る(=採り出す)」という文明が生まれていったというのは、当然の成り行きだったかもしれませんね。

また、醤油にせよ味噌にせよ、それを作るに当たって、塩は不可欠な材料です。その汎用性たるや、塩がなければ、今日あるさまざまな調味料のほとんどが誕生しなかったといってよいほど。つまり、塩味ありきで始まった食生活が文明の発達とともに、多彩に広がっていったというのが調味料の歴史の基本と言えます。言い換えれば、塩は大半の調味料の先祖。すなわち、さまざまな料理の元祖であるとまで言っても良いかもしれません。それほどに人間と深く長~い付き合いの「塩」。今日、いろいろな味を楽しんでいる私たち人間としては、もっと塩に敬意をはらってもいいかもしれませんね。
塩味の起こり
  • 日本の「製塩」の歴史
日本の昔における塩とは、基本的に海水から取り出したものを指していました。これは海に囲まれた土地に暮らす民族ならば自然な事柄。しかも、日本には岩塩が大量にとれる地層がほとんど無いことも海水塩が主流となった大きな理由です。
また、岩塩は実のところ、純粋な塩を取りだすのが難しい物質でもあります。そのため、世界的に見ても、海水、あるいは塩湖<※1>などから取り出してくるというのが一般的な塩の採集方法だったようです。

<※1>塩湖

塩分やミネラルを含んだ水を湛える湖。もともと塩分を含んだ水が流れ込んでいて、かつ流れ出る川がない場所にできます。流れ込む水が途絶える、また、流れ込む水の量より蒸発する水の量が多いと塩分だけが残り、次第に水の塩分濃度が高まっていって塩湖となります。水分の流入量と蒸発量の差が大きい場合には湖は消え、塩性湿地や塩類平原となります。

とはいえ、昔の製塩は現在にように効率的なものではありませんでした。とりわけ海水から塩を採集することには大変手間ひまがかかったようです。その一端をのぞかせるのが万葉集の中にある「玉藻刈る」「藻塩焼く」という記述。これは、海藻を使って海水の塩分を採取する方法の一部を指しています。その方法とは…

1.浜に打ち上げられている海藻にこびりついた塩を器に溜めた水で洗う。
2.上記の作業によって、器の中の海水は海水より少し塩分の多い塩水になる。
3.上記の1の作業を繰り返すことで器の塩水の塩分が少しずつ増す。
4.海水よりずっと塩分が増し、濃い塩水になったものを煮詰める。

こうして、ようやくほんの少しの塩を手に入れることができました。「玉藻刈る」は、この海藻を集める作業であるとされています。

また、「藻塩焼く」は、上記とは違った塩の採集法で、その方法は下記の通りでした。

1.浜に打ち上げられている海藻(塩のこびりついたもの)を集めて焼く。
2.海藻を焼いてできた灰を布で濾して濃い塩水を得る。
3.上記の3の塩水を煮詰める。

この作業の中の海藻を焼く作業が「藻塩焼く」というわけです。 但し、上記の2つの方法のうち、どちらがその当時に主に行われていたかについては、現在も数通りの学説があり、正確なことはわかっていませんが…。

まるで自然頼りの製塩作業の時代から大きく発展するのは万葉後期の奈良時代。この頃、塩田が誕生します。それが揚浜式製塩です。その作業工程は下記の通りです。

1.盛り土をして、その上に粘土層など防水機能のある層を敷く。
2.上記の1の上に細かい砂を敷き詰める。
3.2でできた砂の層の上に海水をまんべんなく散布する。
4.天日と風が水分を蒸発させてくれるのを待つ。この間、分の蒸発を早めるために何度も砂をかき交ぜる。また、海水を繰り返し散布することで、砂の中の塩分を徐々に高めていく。
5.水分が充分に蒸発したら砂をかき集めて海水で洗う。これにより非常に濃い塩水を得ることができる。
6.5までの作業でできた濃い塩水を煮詰める。
7.6でできた塩の中から不純物を取り除く
8.7できれいにした塩を再び洗ってまた煮詰める

塩田という形をとることで万葉期よりは塩の採集量も劇的に増えたようですが、それでもまだまだ気の長い作業。しかも、海水をまんべんなく撒く作業は人手。打ち桶と呼ばれる桶に海水を満たしたものを人がかつぎ、広大でしかも炎天下の塩田の中を一日中走り回るという過酷な作業だったとか。それだけでも、製塩にかける苦労と情熱がかいま見えるようですね。

揚浜式製塩から一歩進歩した製塩方法が江戸時代に生まれた入浜式製塩。基本的には揚浜式とあまり変わりませんが、それまでは人手に頼っていた海水のくみ上げ作業を「潮の干満」に任せるかたちに変わりました。これによって作業も随分楽になったのか、以後、300年の長きに渡ってこの方法が製塩の主流となっていきました。

なお、製塩の歴史の長い時間を主役でいた入浜式製塩が次の世代にとって代わられたのは、なんと昭和の時代の1950年代。地盤に傾斜をつけて水分の蒸発を促進し、さらに巨大なジャングルジムに幕をかけたような台にポンプで上から海水を落とすという効率化の二段構えの流下式製塩(別名:枝条架式)が生まれます。そして、1970年代にはついに電気の力を使ったイオン交換膜式製塩が登場、現在にいたっています。ちなみに、このイオン交換膜式製塩は製塩における画期的な進展として大いに注目されたそうです。